埼玉県

三峯神社の【おいぬ様信仰・御眷属拝借】とは?ヤマトタケルが神を祀った宮・この国が永遠に平和であるようにと

三峯神社の
【おいぬ様信仰・御眷属拝借】
に行ってきました!

神社好きなら一度は行ってみたいお宮である埼玉県秩父市の三峯神社と言えば、【御眷属拝借】ごけんぞくはいしゃくですが、この摩訶不思議なイベントをどう考えるかは賛否両論あると思います。

御眷属拝借って何だろう?
いったい何をするの?
何のためにするの?

と思っていらっしゃる方がほとんどだと思います。

【御眷属拝借】をすると、目には見えない透明な何かが自分と一緒にテクテクと着いて歩く…???

そ、そんな素敵なことがあるのでしょうか?

 

そう思えばそうであり、逆もまたしかり。

 

「あいつには狐が憑いているんじゃ!」


と、変なことを言う方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかし神社仏閣にはそのような憑き物とされる動物霊とは別格の「神様のお使いのお役目を担う御眷属ごけんぞくと呼ばれる動物たち」がいるのです。

 

むかし、寺院だった頃の不思議な風潮が残っているような…

 

そこに魅力を感じた人々が妙に惹かれてしまう三峯神社なのです。

 

三峯神社では「おいぬ様」と呼ばれる山犬(ニホンオオカミ)がそのお役目であり、山の樹木や民家の畑などをクマ・イノシシ・シカ・ウサギなどの害獣から守り、火防や盗賊除けの御神徳があるのです。

こちらの記事では

  • 御眷属拝借とは何か
  • 御眷属拝借の由来
  • どのようなことをするのか
  • 初穂料はいくらか
  • 家での祀り方
  • 何かを感じるのか

などをお伝えできればと思います。

三峯神社 基本情報・アクセス

神社名 三峯神社
所在地 埼玉県秩父市三峰298-1
御祭神 伊弉諾尊 伊弉冉尊(イザナギノミコト イザナミノミコト)
御眷属 お犬様(オオカミ)
アクセス・車 関越自動車・花園IC~2時間
中央自動車道・甲府昭和IC~2時間半
アクセス・電車 西部鉄道 例・池袋(特急)=西部秩父駅1時間20分~下記バス
アクセス・バス 西部観光バス(株) 例・西部秩父駅~三峯神社950円 75分

三峯神社の御眷属拝借とは何か?

御眷属拝借とは

三峯神社の御眷属「おいぬ様の御札」を一年間自宅にお祀りし、信仰することです。

御眷属拝借の方法

御眷属拝借の方法

❶社務所にて「御眷属拝借」の祈禱の申し込み
・初穂料四千円+眷属箱料弐千円
❷拝殿にて御祈禱
・申込者のみ入殿
❸お札を自宅の神棚又は高い位置に設置
❹榊・米・酒・塩・水をお供えする
・季節の初物・珍しい物・お祝い物・戴き物などはまずはお供えする
・お米や豆が好物なので毎月十日・十九日にはお赤飯が喜ばれるとのこと
❺御眷属札の他に・諸難除・火防・盗賊除の三種のお札を玄関に貼る
❻おおよそ一年後に全てのお札を三峯神社に納め、新しいお札と「お引き換え」をする

 

御神徳

❶諸難除け
❷火防
❸盗賊除け
❹ペット安全
❺開運

三峰神社の御眷属信仰ができた経緯

妙法ヶ岳・白岩山・雲取山の三山を望む山の頂きにて、その美しい光景に感動し、崇拝する伊邪那岐尊と伊邪那美尊を仮宮に祀ったのが起源です。

山中で道に迷った際に日本武尊を導いた山犬(オオカミ)を御眷属として一緒に祀ったと言われています。

日本武尊と白い狼のはなしは
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日本武尊が山奥で食事をしていました。それを見ていた山の神は日本武尊を苦しめようと白い鹿に姿を変え、目の前に立ちはだかりました。この山の神は山に入る人間を遭難させたりする悪い神だったのです。不審に思った日本武尊はにんにくを鹿に向けてはじき飛ばしました。にんにくは鹿の目に当たり、鹿は死んでしまいました。すると日本武尊に行けども行けども山中から抜けられないという遭難の危機が訪れました。そこへ一匹の白いオオカミが現れ、こちらを振り返りながら進む仕草に神がかりを感じ、着いて行きました。間もなく山中を抜け出し、目的地に無事に到着したということです。

【このあと日本武尊は美夜受媛との結婚を目前に伊吹山にて最期を迎えます。】

日本武尊の亡き後、景行天皇が東国巡りをされた際、三峰山に登られ「三山高く美しく連なる」ことから「三峯の宮」という称号がついたそうです。

🐣★☆ここから時代はトリップ☆★🐣

約760年の月日が流れ…時は都が平安京に移された頃、貴族たちは源氏物語の絵巻の中に垣間見る華やかな暮らし、一方庶民は堅穴式住居に住み、甚平のような衣服を着ていた時代。

そんな平安時代には仏教も広まり、山岳信仰や陰陽道などが生み出されました。

それからしばらくの間は時代の流れに翻弄され、衰退と繫栄を繰り返す後に1533年天台修験の関東総本山「観音院高雲寺」という寺院になりました。

そんなある日、日光法印(江戸時代の山伏)は不思議な光景を目にしました。

境内に沢山のオオカミが集まってきたのです。

この異常な光景、それを「ご神託」と受け止め、オオカミの画のお札を作り信仰してくれる人々に配りました。

1720年には日光法印によって【おいぬ様信仰】が広がっていったのです。

この【おいぬ様信仰】のお札の霊験があらたかで評判が高く、信者も増え三峰山の名が全国に広まり明治の神仏分離により寺院を廃し三峯神社となったということです。

ちょっとだけ日本武尊

日本武尊像

この迫力ある銅像で、三峯神社の神様はヤマトタケルだと思ってしまいがちですが、御祭神は国生みの神の伊弉諾尊と伊弉冉尊(イザナギとイザナミ)です。

ヤマトタケルが御祭神の神社は熱田神宮が代表的で、三種の神器の一つである草薙の剣が祀られています。

日本神話の武勇伝で日本を征討したヤマトタケルは、古事記では倭建命と書き日本書記では日本武尊と書きます。

日本武尊の話をよく知らない方は
こちらをクリック☆
少しだけ書いてあります。

今に伝えられている歴史年表では父君は第12代景行天皇、母君は藩磨稲日大太郎姫(はりまのいなびのおおいらつめ)で古墳時代の皇族です。

現在では日本武尊が主流になっていますが、そのお名前も途中でもらったもので本当は小碓命(おうすのみこと)と言い、双子の兄は大碓命(おおうすのみこと)と言います。

ヤマトタケルは双子だったのです。

ヤマトタケルと垂仁天皇の娘である両道入姫命(ふたじいりひめにみこと)との間に生まれたのが第14代仲哀天皇、更にその御子の応神天皇(八幡宮の神様で、誉田別命【ほんだわけのみこと】が孫にあたります。

そうだったのね!
そんなエリートな生まれだったのね!

倭国平定の旅路

そんな超VIPでお生まれになった皇子ヤマトタケルですが、兄上の大碓命を殺めてしまったため、御父上との間に確執ができてしまいました。

御父上の景行天皇はヤマトタケルを恐れ、天皇に服従しない豪族を討伐し国を平定するよう命令を下しました。

まさかその旅で勝利を収めて戻って来るとは思ってもみなかったのです。

これより旅路が始まります。

まず熊曾国(九州南部)で強い勢力を誇っていた熊曾建(クマソタケル)兄弟に勝利を収め、クマソタケルからその強さを称え「タケル」という名を献上されました。

大和朝廷の皇子だったことで「ヤマトタケル」と呼ばれるようになりました。

この頃は、最強の男=タケル

という名を持つらしく、次の遠征先の出雲での「イズモタケル」にも勝利を収め、西を征服したヤマトタケルは御父上の元に戻り報告します。

しかし景行天皇は日本武尊を恐れ、すぐさま東の平定へと向かわせたのでした。

東国平定の旅路

途中で伊勢の叔母君である倭姫命(やまとひめにみこと)の屋敷に立ち寄り、弟橘媛(おとたちばなのひめ)を娶りました。

愛し合う2人は離れがたく、新婚旅行とは行きませんが弟橘媛も東の遠征に同行します。

そして相模国(神奈川)ではあの有名な相模の国造(さがみのくにのみやつこ)との戦いでは、叔母君から渡された天の叢雲の剣で草を薙ぎ払い(後の草薙の剣)、叔母君から頂いた火打石で向かい火を放ち、燃え盛る炎から弟橘媛を守り生還した伝説が残っています。

その後、走水(神奈川)から房総半島に向かうにあたり、案内人の勧めで陸路より航路をいくことになりました。

しかし案内人は、海の神は女人を嫌うので弟橘媛には乗らないようにと無茶な話。

日本武尊は迷信だと言い、弟橘媛も一緒に船に乗られました。

しばらくすると穏やかな海は荒れ狂う海と化し、何隻もあった船がどんどん転覆していきます。

海の神のお怒りを鎮めるために弟橘媛は自ら海に身を投じました。

海はまた穏やかさを取り戻し、日本武尊は無事に房総半島へ到着しました。

この後、生き残った日本武尊御一行は甲斐国(山梨)⇒上野国(群馬)⇒三峰山(埼玉)⇒碓氷峠(長野)と東国を巡りました。

三ツ鳥居の通り方

三峯神社入口付近

ヤマトタケルを導いた白いオオカミは本当にいたのでしょうか?

オオカミは、自分の縄張りに入ってきたものをジッと観察する習性があるとか。

神話と伝説と現実の、掴みどころのない空間を楽しんでいる私はこの日が来るのをとても楽しみにしていました!

そして、とうとう三峯神社に到着しました♡

三峯神社鳥居

こちらが白い三ツ鳥居です!
(又は三輪鳥居とも言う)

この鳥居は世界に最初に現れたとされる造化三神の

天之御中主神(アメノミナカヌシ)
宇宙の中心を表す神

高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)
天津神を導く神

神産巣日神(カミムスヒノカミ)
国津神を導く神

を表現されているそうです。

この三ツ鳥居をにはくぐり方があります。

最近は多くの神社で疫病封じの神、スサノオノミコトゆかりの【茅の輪】を見る機会が増えました。

その【茅の輪くぐり】のくぐり方と同じです。

茅の輪のくぐり方

中央で一礼してくぐり→左の鳥居から戻りまた中央で一礼してくぐり→右の鳥居から戻りまた中央で一礼してくぐり→再度左の鳥居から戻り中央で一礼してくぐる 終

☆この左側には今までの厄落としの意味があり、右側には光り輝く未来を願う意味があるそうです。
★☆(光のエバンジェリストKrehaさん夏越しの祓より引用)★☆

ですが結構知らない方が多いようで、ほとんどの方がこのくぐり方をしていませんでした。

私も神社好きになるまでは知りませんでした。

三峯神社参道

高く高く、天までのびそうな木々。

三峯神社楼門

随身門も、お犬様も大きいです!

人間のことをよく見ています。

到着しました!

今日は御祈禱を受けて、それからたっぷりと境内を散策します。

こちらの社殿で参拝や御祈禱が受けられます。

御眷属拝借を受けました

社務所で【御眷属拝借】の御祈禱の申し込みを済ませ、隣接するホテル「興雲閣」のロビーで待機します。

名前を呼ばれた人が次々にホテルから社殿に続く廊下を、心なしか足早に進みます。

やっぱりみんなドキドキしてる気がします。

御祈禱は夫が受けるので、私は社殿の前で様子をうかがいます。

太鼓の音がドンドンドンドンドンドン!!

この感じは、テンポの速いお寺の御祈禱のリズムです。

聞いた話では、この太鼓の音でおいぬ様が集まってきて、人間のそばに来るらしいのです。

気に入った人間に着いてきてくれるのか、そのお力だけをお札に移して下さるのか、そのことについては戴いた説明書にも詳しくは記載されていません。

御祈禱の時間は15分くらいで、終わると御眷属札の納められた御眷属箱という木箱を授かります。

我が家は初めてのお迎えなので新しい木箱ですが、年期の入った木箱をお持ちの方もいらっしゃいました。

御祈禱を受けた感想

★夫の感想

夫
社殿の中は明るくて、一緒に受けたのは20人くらいでした。
神主さんが2人で何か言い合うような祝詞をあげていました。
私は特に何も感じませんでした。

★私の感想

mio
mio
社殿の近くで待機していました。
拝殿の中は一応見えますが、参拝客も普通にいらっしゃるので何気なく見ているようにしました。外からの異変は特になく、独特な祝詞だと思いながら聞いていました。

拝殿前の石畳に現れた龍神様

こちらが有名な龍神様です。

平成24年の辰年に出現した龍神様で、私もテレビのニュースで視た記憶があります。

本物を見ることができて感動です!

この場所は【奥宮遥拝殿】と言い、ここから正面の山の頂上の奥宮を遥拝することができます。

いつかは行ってみたい奥宮ですが…

体力がないと遭難する可能性もあるので足腰を鍛え中です。

お犬様がお祀りされている【遠宮】は拝殿から徒歩10分ほど離れた森に鎮座されています。

お犬様は霊力が高く、その能力で害獣を追い払い家々を守護されていると書かれています。

お犬様の石像はつるんとして小柄で、元気いっぱいな若々しいオオカミさんです。

このお宮は【御仮屋】と言ってお犬様専用のお社です。

しかしお犬様は山の中にいらっしゃるのでこのお社にいるかどうかはわかりません。

どんな人間が来ているのかと見ているお犬様もいるのかもしれませんね。

むすび

実は我が家では、おいぬ様をお迎えするにあたり2か月かかって断捨離をしました!

仕事の休みは、20年間の諸々とたまった不用品の処分に明け暮れたのです。

その日々の中では、物質の整理の他に過去に傷ついたこと、痛い思いをしたことなど心の中の整理も余儀なくされました。

そしてスッキリと迎えた御眷属拝借は、過去の出来事を良くも悪くも全て受け止め、新しい人生の始まりのつもりでのぞみました。

もともと小さいながらも神棚があり神様をお祀りしていましたが、「今年は人生の節目の年」と感じていた私たちは年末に神棚も新調し、心新たに進んでいきたいと願いおいぬ様をお迎えしました。

お犬様は諸難を除け、そして開運の神様でもあります。

山の中のオオカミに神がかりを感じ直感に従ったヤマトタケル。

境内に集まってきたオオカミを見てそれをご神託と受け止めた日光法印。

いざ!と言う時、迷いがある時など、きっと良い方向に導いて下さると思います。

ここまで読んで下さりありがとうございました。

三峯神社の御眷属拝借について

「へー!面白いはなし!何だか興味が湧いてきた!」

と思って頂けたら嬉しいです!