足利ストーリー5話「伊勢に行きたい!違う世界を見たい!」

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旅立ち〜伊勢の暮らしのはじまり

「伊勢に行きたい!」
ぽろっと出た自分の言葉に、ハナ自身が驚いた。
ずっと胸の奥でくすぶっていた“違う世界を見たい気持ち”が、とうとう声になったのだ。

女将さんは眉をひそめ、しばらく黙った。
そしてゆっくりとうなずく。
「伊勢に行きたい、だなんて……とんでもない子ね。でも、あんたにはこの町だけじゃ収まらない目をしている。
いいでしょう、伊勢に行っておいで。あちらには私の実家がある。
しっかり働いて、しっかり学んで、必ず足利に戻ってきなさい。
うちの店をもっと大きくするんだからね」

ハナは胸がじんわり熱くなった。
女将さんの言葉は優しさだけじゃない。
先を見据える真剣な響きに、ハナは大きくうなずいた。

こうして、足利の絹や物資を運ぶ“配達係のおじさん”とともに中山道を西へ。
おじさんは無口だけど気がいい人で、道中、宿場町でハナが団子を頬張るのを見ては、ひとこと「うまいか」と笑った。

今、伊勢にいます!

伊勢に着いたその日――
町はびっくりするほどにぎやか!
神宮参拝の人であふれ、街角の茶屋からは甘いお餅を焼く香り。
きれいな着物を着たおねえさんたちが楽しげに歩く姿に、
「わあ、きれいな人たち!わたしもあんな風になりたい!」と声が出た。

女将の実家の呉服屋は、通りの真ん中にどっしり構える大きな店。
並ぶ反物の鮮やかさ、数えきれないお手伝いさんたちに、ハナは思わず後ずさりした。
「え…こんなに人がいるの…?」
足利では見たことのない規模に、ただただ驚くばかり。

そのとき、おじさんがぽんとハナの肩を叩いて言った。
「今日からここが、おまえの家だ」

ハナは胸いっぱいに息を吸い込み、伊勢の空気を味わった。
――違う世界に、私は来たんだ。

特別な朝と神宮奉納

朝の光はまだ柔らかくて、町は眠っているように静かだった。
でも呉服商の奥座敷だけは、行灯の明かりでふんわり明るい。
「今日は奉納の日だからね、これを着ていきなさい」
差し出された着物は、淡い藍鼠あいねず)に小さな桜と麻の葉が散った、やさしい柄。

「えっ…これ、私が?」
声がひとりでに小さくなる。
「そうよ。足利から来た娘なんだから、きちんとしていかないとね」

袖を通した瞬間、絹のひやりとした感触に背中がすっと伸びた。
伊勢湾の波模様が金糸で織り込まれた帯を、一文字にきゅっと結んでもらうと、
どきどきして胸がふわっと熱くなる。

髪は低くまとめられ、鼈甲(べっこう)の簪(かんざし)を一本。
鏡に映る私は、昨日までの町娘じゃない――
伊勢に奉仕する、一人の娘になっていた。
「似合ってるよ、ハナちゃん」
その言葉に、胸の奥で小さな灯りがポンっとともった。

奉納品を載せた馬と並んで、神宮の参道を歩く。
朝日が大鳥居の向こうから差し込み、玉砂利がきらきら金色に光る。

一歩、また一歩。
帯が腰にしっくりなじむたびに、胸の奥の緊張と誇らしさがふくらんでいった。

奉納所では白装束の神官が迎えてくれて、反物をひとつひとつ確かめた。
「足利の絹は評判です。丈夫で色あせしにくく、祭礼にもふさわしい。
この度も立派なお品をありがとうございます」
その言葉を聞いた瞬間、胸がじわっと熱くなって、涙がこぼれそうになった。

足利で織られた反物が、こんなに遠い伊勢で神様にささげられる。
そのことがうれしくて、誇らしくて。

神宮の森を抜ける風が頬をなでたとき、私は遠くに来たんだと、やっと実感した。
でも、心の奥のどこかでそっとつぶやいた。
「必ず足利に戻って、この経験を生かすんだ」

伊勢の町での日々

伊勢での暮らしは、足利とはまるで違っていた。
朝になると、呉服商の前にはもうお客さまが並んでいて、
店の中は一日中わいわいとにぎやかだ。

「ハナちゃん、これ運んで!」
「よいしょっ…え、これも私が?」
反物の山に埋もれそうになりながら、必死に笑う。
「はは、まだひよっこだねえ」「でも元気はいいわ」
笑い声があたたかくて、ハナもつい笑ってしまった。

昼休みには、みんなで近くの茶屋へ。
伊勢うどんは足利のうどんよりもずっと太くてやわらかい。
「…ふわっふわ!甘いタレがしみてる…ん〜しあわせ!」
ほっぺが落ちそうになって、思わず笑った。

夕方、祭りの笛や太鼓の音が聞こえてくる。
きれいな着物を着たお姉さんたちが笑いながら通りを歩いていて、
「きれい…夢みたい…」と小さくつぶやいた。

そんな毎日の中で、ハナは少しずつ変わっていった。
足利から来たことを誇らしく思いながらも、
「私も少し強くなれたのかな」
そんな気持ちが胸に芽生えていく。

――きっと足利に帰ったら、この経験が役に立つ。
そう思うと、胸がぽっと温かくなった。