足利ストーリー3話|舟運と出会いの物語

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足利の少女ヤエ、江戸へ下る

ハナが伊勢に旅立って、一か月がたった。
夜になると、ハナの顔を思い出しては胸がきゅっとなる。
「元気かな…伊勢ってどんなところなんだろう」
そんな想いを抱えながら、ヤエは帳面をつける毎日を送っていた。

店での出会い

ある日、店に船頭が飛び込んできて、女将さんにぼやいた。
「この子を江戸まで連れていくんだけど、世話する人がいないんだ…」
そこにいたのは、五歳くらいの女の子──トキ。
不安そうに着物のそでをぎゅっと握っている。

ヤエの胸がドキンと鳴った。
――行きたい。今しかない!
「女将さん!あの……わたし、行きます!」
口から出た言葉に、ヤエ自身が一番驚いた。

女将さんはしばしヤエを見つめ、ふっと笑った。
「なら、これを持っていきなさい」
そう言って、風呂敷包みを差し出した。
中には織物の端切れと引札、そして一通の手紙。
「江戸の取引先に渡しておくれ。足利の織物の良さを、しっかり伝えるんだよ」
女将さんの目は、いつになく真剣だった。
(手紙?…何が書いてあるんだろう)
ヤエは首をかしげたが、そのまま荷物を受け取った。

上宮神社での祈り

舟に乗る前に、ヤエは上宮神社に立ち寄った。
川に近い高台にある小さな社は、昔から舟乗りたちの安全を祈る場だった。
手水で手を清め、賽銭を入れてそっと手を合わせる。
「無事に江戸に行けますように…」
祈りを終えると、胸の奥が少し軽くなった。
トキの手を握り、「さあ行こう」と微笑んだ。

舟運

渡良瀬川は、足利と江戸をつなぐ大切な道だった。
足利でつくられた絹や木綿の反物、糸、紙、米俵などが舟で江戸へ送られる。
江戸からは**日用品や空樽(魚のはらわたを入れる「わた樽」に使うもの)**が戻ってきて、肥料や商売に使われた。
川を下る「下り舟」は速く、昼に出れば一晩で江戸に着く。
上り舟は川岸で人や牛馬が曳く「曳舟」となり、重労働だった。

昼下がり、荷を積み終えた舟がヤエンダを離れた。
積み荷は反物の包みや米俵。
船頭はタバコをくわえ、鼻歌を歌っている。
川の匂い──水と泥、魚の生臭さ、男たちの汗が混じり合う。
トキはこわそうにしていたが、ヤエが手を握るとほっとした顔になった。
「だいじょうぶ、江戸までいっしょに行こうね」
トキは小さくうなずいた。

夜。舟は真っ暗な川を進んだ。
水をたたく音、縄のきしむ音、遠くの獣の声。
凍てつく寒さの中、ヤエはトキを抱きしめ、朝を待った。

夜明け。鳥たちが目覚める。
空が白み、川面がきらきら輝いた。
「きれい…」
ヤエの声に、トキもにっこり笑った。

江戸到着と清吉

夕方、舟は江戸の川岸に着いた。
そこは人と舟であふれ、掛け声や荷物の音でいっぱいだった。
取引先の商家は足利からの客を歓迎してくれた。

ヤエが端切れと引札、そして手紙を差し出すと、商人はうなずき、すぐにそれを開いた。
「なるほど…」
そしてトキに目を向けた。
「この子なら、うちで預かろう。奉公先を失ったのかい?心配いらないよ」
ヤエは胸がぎゅっとなった。
(これで…いいの? でも、ここなら安心できる)

そのとき、奥から若い男が姿を現した。
白い手ぬぐいで額を拭きながら、端切れをそっと指でつまむ。
「……糸の撚(よ)りがきれいだな」
商人が笑った。
「清吉、この子は足利から来たんだよ」
清吉は短くうなずき、言った。
「一度、足利に行ってみたい。織機(しょっき)を見てみたいんだ」
ヤエの胸がときめいた。
足利に来たい、と言ってくれる人がいる。その言葉が、旅の疲れを吹き飛ばした。

別れと約束

トキが小さな手を握った。
「ヤエといっしょがいい…」
ヤエはその手をぎゅっと握り返す。
「必ずまた来るから。それまでがんばろうね」
トキは涙をこらえ、こくんとうなずいた。


ヤエは川沿いに立ち止まり、江戸の空を見上げた。
(私はトキをおいていく…でも、これでよかったのかな)
胸の奥に小さなトゲのような感情が残る。
けれど同時に、清吉の言葉が心の中で光った。
――また会おう、トキ。そして、いつか足利で清吉とも。

織物の端切れと引札
端切れ(はぎれ):織物の品質を見てもらうために小さく切った布(現代でいうサンプル)。
引札(ひきふだ):江戸時代の広告チラシ。店の名前や商品の絵を描いて宣伝に使った。
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